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本能寺に詣る

次回作、ヒット祈願のため本能寺にやってきた。
なぜ、寺なのだと固いことは申されるな、「天正のリア王」はここで朽ちた織田信長の話なのだ。


脚本はいよいよ佳境なためか、本能寺に足を踏み入れると妙な武者震いを起こした。そして本堂を見あげれば、自然と顔が綻ぶ。

明智光秀ですら、その純真無垢な脚本家の姿に、刃を突き刺すことを躊躇うに違いない。



それほどまでに感無量なのだ。


気分は聖地である。
一度来たことがあるのに、これほどの胸の高まりは鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮以来であろう。いちょうが倒れる前にもう一度見れて良かったとしみじみ思う。


さて、これからできあがる舞台美術はこれほどの荘厳さを持ちあせてくれるに違いないと、入団したての槌屋氏にプレッシャーをかけてみる。


信長公の墓に借名する旨を詣ったが、おそらく公は、「おもしろい、やってみよ。」と答えるに違いない。

こうした妄想力が脆弱なる若者を創作へ駆り立てるのだ。そうに違いない。


先人たちの偉大な生き様に経緯を評し、生きている時しかすすれぬ偽電気ブランを求めて、河瀬は京の町に消えることにする。

その辺に売ってるよ、という野暮なご指摘は勘弁願いたい。これは趣を求めるあまりに、生産性のない行為なのだから。
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携帯さ

やぁ諸君。


我が団体の活躍は新たな軌道を描き出すごとく、我が劇団員各人西日本各地に散らばり、売名行為及び、資本金工面に余念がない。

そこいらの劇団員などという呼称は一線画していただきたいと思う私の姿は、尊い人々に於いては阿呆の為す業だと手を叩いて笑われるに違いない。


しかし、今の私にはこれが精一杯なの!
河瀬は基本的に自己肯定を忘れない。



かくゆう私は昨日の名古屋とはうって変わり、ふかぶかとシートに腰を落ち着けたかと思うと。西日本入りを果たしていた。新幹線とはかくも偉大な発明である。


そうして昼過ぎには大いなる古都に入洛する。


夜には酒盛りを予定していたが、我が集団は飛び回り過ぎ集まることができない運びとなった。

石川県に向けて杯を掲げ、大阪府に向けて乾杯を執り行う河瀬の姿が京都市内のいづれかで目撃されるのであろう。


さて、大阪である。

出て張る!

故郷の愛知県にやってきた。
出て張ってきたのである。

犬山駅で明治村行きのバスを横目に、
あつあつの味噌煮込みうどんを食い(日当で)
我が母校を訪れ、恩師の老いと
地位向上と共に生まれたであろう新たなる貫禄に涙を落としかけ(仕事で)
栄なる名古屋市きっての破廉恥極まる色町街で、
元劇場主なる方と酒を酌み交わしたり(仕事で)

イガイにも、名古屋ライフを満喫した。
そして、実家に泊まることにした私は、
けふも名古屋の学校という学校に出張るのだ。



実家に泊まるというのに、
いそいそとパソコンで仕事のメールをチェック姿は、
サラリーマンの鏡たる姿ではないかと、自らを称えることにした。

そういや

書きたいことがほどほどにあるのだ。

残念ながら、ブログにだ。

・アンラッキーボーイ★レストランまさひろ
・徒歩で帰ろう~東京編~
・ゲロの話
・2日酔いである。
・眠い
・困ったものである。

半分以上、今の状態である。
意外と大した量じゃなかった。

ひさびさの嘔吐

昨夜は久々に飲みすぎて、大量の汚物を
駅ロータリーの側溝に流し込んだ。
京都ではよく、まき散らしたものだなぁとしみじみとし、
肉体的には、「あ、これこれこの感じ」という
麻薬常習者が陥る感覚に近いものがあったのではないかと予想される。
昨夜の主な異端児は、ちくわの天ぷらであった。



いきなり汚い話で申し訳ないが、ゲロ談義は続ける。



新宿なる破廉恥な繁華街で、終電と呼ばれる鐘が鳴り響くまで
繰り広げられた若い演劇論は、国家論闘争論となり、
挙句の果て、互いを罵り合う陳腐な酒の席での狂言となった。
それは、楽しい宴であった。
…その結果、河瀬は、自らの養分を地球に還元することとなったのだ。

やはり、1軒目のハイボールにしてやられたのだ。

うどん屋にて、
飲み放題!+天ぷら1つ+枝豆+うどん1杯
880円という。


繁華街ではあるまじき暴挙を始めた店におかれる
飲み放題用のハイボール。
こいつが、信じられないくらいに”濃い”のだ。
ウィスキーが6割を占めていると言っても過言ではない。
小雪に「ウィスキーはお好きでしょう?」と勧められても、
おぎやはぎの様に笑顔で、この濃さはいただけない。
場にいる全員が、1杯ですっかりできあがってしまったのである。
ちなみに、ここでちくわの天ぷらを食したのだ。

まぁ、飲みの席であるから、
濃い!もう飲めぬ!と言いつつも、
1杯ではおさまらず、飲み放題の恩恵に甘える始末であった。
飲み放題メニューはハイボールと酎ハイである。
「おとなしく、酎ハイを飲めばよかった」と、
あの場に居たものは全員、今日の朝、頭をもたげ、
ウコンの力を飲み下すに違いない。現に私は朝からウコンした。

90分というホイッスルがなり、
選手退場となるが、全員が千鳥足であり、
支柱になるべきキャプテンガイはいなかったと記憶している。



そこで、会社の上司なる尾田量生氏が
奥様のお顔を立てるために、ふらふら駅構内へと消えていった。
尾田氏の奥様は、きっと仏の様な方だろうと思う。
私は、あんな酔っ払いを家に迎え入れる許容はない。



さて、残りは若者3人。
河瀬は既に出来上がりつつある脳に問いかけをしてみた。
「先の飲み代は尾田氏が出してくれた。
 金銭的にはノーダメージなのである。
 この気持いい感情を倍増させるべきではないのか?」

しかし、こうも考えた。
「そろそろ、脚本仕上げないといけないだろう?
 明後日から出張だろ?明日だけで書きあげる気か?」
「明日だけでは書けんよ。それにこれほど出来上がってしまっては、
 文字をうつことなどままならぬよ」
「飲み屋のメニューは書けるだろう!」
「うるさい黙れ!俺は酔ったのだ!もっと酔うのだ!」


河瀬は傲然と言い放った。
「もう1軒いこうぜ」




こうして、駅ロータリーで吐く男は形成されたのである。

ちなみに共に飲んだ者は、
会って3回目くらいの演劇人で
暗黒舞踏に身を包む・色黒の男(断じてレストランまさひろではない)と、
ジャッカス角田という河瀬の知人がいるのだが、
彼に雰囲気が恐ろしく似た、何の因果かJと呼ばれる男であった。
そして、いつぞや共に作品を作る約束をした。


河瀬は、決意した。
新宿でやるなら、
「サラリーマン・ハムレット」だ。と。


血縁相続する会社の内部をひけらかし、
仕事か、家族か、自分か、恋かに悩む、
サラリーマン・公男の苦悩を書き連ねて行く話である。
社会的コンテクストを満たす作品でああると覆い期待したい。






河瀬は基本的に思いつきである。
ただし、形にするのは吃驚するくらいに奥手である。
こうして、白紙原稿は溜まっていくのだ。

脳とまる

何も今に始まった話ではない。

かれこれ一週間、次回作『天正のリア王』なる脚本の作成が

ピタリと止まっている。


俗に言う筆がとまるといものだが、
現代人にとって、筆とは解せぬ。ペンかパソコンであろう。
転じて、止まったものは、指。
基、脳である。

という、結論に至り、
チョコレートなる甘菓子を貪ってみたが、
創作の結はついに実らなかったのである。




仕方がないので、
『シェイクスピア劇400年の歴史』なる本を読破してみることにした。
これは、図書館にて昭和62年より借りてがなかった本である。
ちなみに、ゲーテも借りた。
次は、カフカ、ニーチェ、ヘミングウェイだと心に決め、
活字の山に対する妙な攻撃心が高まったようだ。

一つ断っておくが、河瀬は文章なるものは、
死ぬほど嫌いである。滅多に本など読む種族ではないうえ、
自分が書くものは、適当に書き流すので、
このブログに誤字が多いだろうが、
そこは、読み手の清き精神で水に流していただきたい。

もちろん、脚本は適当に書き流せないから苦労するのである。




さて、
『シェイクスピア劇400年の歴史』
シェイクスピア劇、及び本人の話が、後世にどう評価を受けたか、
がありありと書かれており、「文は書いても、書かれるな」とは
このことかと、合点がいった次第である。

400年後の世界で、自らのことや、創作物を評価されるとは、
夢に思わぬし、夢であったら覚めてほしい。

シェイクスピア氏には哀れなことである。


兎に角、読み進めると、
驚いたことに、河瀬の目指している芝居とシェイクスピア氏が
目指した芝居及び、ものの考え方が非常に重なっていることに
愕然とすることになる。


長くなるので重なっている部分の話はしないが、
芝居論なるものは、そうそう被るものではない。
その上時代が違えば尚更である。
しかし、私は、かのシェイクピアの考え方を容易く享受できている。


河瀬は確信する。


河瀬は、シェイクピアの生まれ変わりである。と



これは、シェイクスピアには甚だ迷惑な話であり、
世に数多くあるシェイクスピアカンパニーも然りである。

至って盲信の徒であることは言うまでもないが、
こうでも考えねば、
脚本が捻くり出されない焦燥感を埋めることができぬのだ!
時間がないのだよ!!




そう、河瀬は、シェイクスピアの生まれ変わりなんだから、
いつだって、時代にあった作品の書き直しができる。
どんなに締切過ぎたって。



そうだ。きっと、そうに違いないのだ!

やる気的な

河瀬は四肢を投げ出し、ごろんと横になった。

河瀬は勇者でもなんでもない。

ニートに憧れる一介の若者である。

こうも、視界が曇る時には、何かのせいにしたいものである。

河瀬は見てくれより弱い生き物なのだ。


何よりも

責任転換を論じるに余念がない。

今は、学校教育についてである。

河瀬に関わった学校関係者には甚だ迷惑な話である。


やはり、河瀬には、学校と社会とのギャップが解せない。
世界が違い過ぎるのである。

学校で受けた教育、及び、学校教育の延長線上のものは、
実社会に於いて髪の毛ほどしか役に立たぬように思われし、
そうじゃない人もいるだろうが、私の場合はそうなのだ。

これでは、国家の教育詐欺である。
世界の違いに鬱になる人間が大量に出ても仕方ないではないか!
国家は、鬱になってしまった社会人を保障しろ!
現に、私の友人も鬱になり郷里へ戻っている。
収入がなくなるのはキツイが、仕事場に舞い戻るなど
とてもできそうにはないと、顔は笑顔で話していた。
私とて、人ごとではない。
東京とは、恐ろしい街なのだ。
話が逸れた。


やはり、今の教育論は間違っていると言わざる負えない。
団塊の世代が我が我がと先を目指し、後続のために大雑把な道しか作らず、
それから外れる者に対しては、反社会的レッテルを貼り付け、
いざ国が困窮してくれば、「この道は間違っていたんじゃないか?」
と不安になり、ようやく重い腰を上げ始め、引退すれば良いのに
いつまでも、実権を握りたがる。いな、握り続ける。

百害あって一利なし!

というのが、私が老骸たちに対し、思っていることである。
もちろん、アドバイスという形での知恵は大歓迎である。
しかし、いつまでも椅子に座り続けることは罷りならぬのだ!



熱くなりました。



さて、教育。
学校と社会を近付けるには・という話。
大まかに分けると理系・文系・芸術系・商業系だよね。

理系・文系・芸術系は、将来専門的な研究をする人。
商業系は、将来社会をコーディネートする人。
     専門的な研究をする人を使う人。

と本来なら分けるべきだよね。
しかも、商業系もマネービジネス見習だから、
実際どれだけ自分の人生において利益になっていることを
自覚できてないわけよね。でも、知識として蓄えるのは大事。

だけど、実際は、理系だろうが、文系だろうが、芸術だろうが、
マネービジネス界に投入されて、ある程度の数字が弾けなきゃ、
使い物にならんのだから、それを知識として蓄えておく必要がある。


要は、文系・理系・芸術系の高校で
「マネービジネス」教えるプログラム作れってことで。

なんで、大学じゃないかって?
大学は、選択授業で取れるし、
しかも、全国一律じゃない教授免許なんかで
人を教育なんてできわけがない。


結局、自民党は、すべての人間がそろばん弾けると
アメリカ癒着とかODA横流しとかそういうの、
目ざとく見つけられちゃうから、
賢い人たちは、馬鹿が生産されるプログラムを組みました。
河瀬は見事、自民党にしてやられたのです。
そのため、社会で生きていくのに大変苦労していると。
そこんとこ解決してからの、
コミュニケーション事業じゃないのか?と思うのです。



とまぁ、今の生業に関して、
懐疑的な点ばかりが先に浮かんでくるので、
まいったなぁというのが、憂いを増長させていくのです。





友人が自分の良きタイミングで、
社会と関わりが持てる様になることを祈ります。


でもね、ニートって僕らの世代に取っての闘争だと思うよ。
学生闘争と違って、借り物の思想に乗っかってないし、
人に怪我を負わせないのもいい。
社会に問題は定義出来てると思う。そんな意識ないかもしれんが。
発信力はネット上しかないけど(笑)

だから、社会的な欲がないくて、ニートを続けれる奴は、
やり抜いて欲しいと思うのである。

すこぶるん

不調である。

口の中には、大量の口内炎。
状況としては、睡眠が足りずに、
脳がパスパスとしている。触感の話である。
脳に触ったことなどないが、今の私の脳は、
恐らく、パスパスという表現がしっくりくるに違いない。

当然、思考するはずの細胞たちは、
挙って、微振動と電気シナグルを停止したのであろう。
これは列記としたストライキである。


こういうときの私は、
何もかもどうでもよく、
秋というプチ鬱にかかりやすいご時世も相まって
新宿の高層ビル街を大声を出しながら、走り抜けたいという
欲望に駆られる。

大阪心斎橋のビル街の頃から比べると、
欲望のレベルがあがっている。

それだけ、ストレスも増えたのだろうが、
欲望が膨れ上がるというのは、
よきことである。


ここまでの文章を指先だけで書いている私は、
後で、このブログを見直して愕然とすることだろう。




このブログ中身がない。





本質とは、常に置き去りにされるものである。
何故か、締まったので良いこととしよう。

それともう一つ憂い

憂いを書きそびれた。

ポケモンである。


私、地味個体値選別して、努力値振ってるんだけど、

対戦してくれる人がいない

大いなる憂いである。
ニンテンドーUSB買ったらいいんか?

センチメンタリズム

やぁ暴言を呟きましたが、大丈夫です。
心は暴風ですが。


さて、仕事でDMを作っていたら、
100部が1時間ほどで終わってしまい、
投函。

いやぁ、京都の大学の学生劇団時代のDM作成なんて
「何日かけてやっとんだん」と
懐かしき日々の非効率さと思ひ出たちに
センチメンタルジャーニ。


書類を折々していると、僕の2代前の座長を思い出し、
ああ、あの人は骨の様に人で非力だったからか、
書類折るのに、ペットボトル使ってたなぁ。
と思いだし、
いそいそと、ペットボトルを買いにいき。

折っていると、当時の制作の母なるデロンデロンと
呼ばれる妖怪の先輩を思い出し、
ああ、あの妖怪は作業もそっちのけに、世間話に花を咲かせていたな。
と思いだし、
東京で書類を折っている、河瀬の耳にもデロンデロンの世間話の幻聴が
聞こえる様であったという。

その際に近くに梅子もいたと思われるが、
彼女は無口主義だったので、視覚的印象しかない。
黙々と書類を折り続ける姿は、
部室に居座わる座敷童かと誰もが見紛うに違いない。


とゆうことで、昔を思い出しました。
他にも先輩は山といるが、DM作業で思い出すのは、
やはり、骨の座長とデロンデロンのみであった。


そんな我が出身劇団も今月末には、卒業公演だという。
私は、この公演を楽しみにしていたのだ。
なんたって、僕が4年生の時に入団してきた1年生が
卒業生となり、卒業公演をとり行うのだ。
もちろん、多くのOBたちがお祝いに駆けつけるので、
会場は、プチ同窓会の様な雰囲気になる。
私は、自分の打ち上げもそっちのけで、
OBの同窓会に紛れ込んだものである。


しかしだよ、諸君。
日程がズレたらしいのだ。卒業公演の。
週末じゃなくなるのだとさ。いけねぇーよ。



なんて、センチメンタルジャーニ。

連日

連日更新というのも珍しい。

とにかく書こう。



twitterは好きけれど、
暇つぶしだなぁ。自分の考えも纏まらないし、
呟きだけあって。



さて、僕は、文部科学省・文化庁の助成金事業で
全国の学校を回っているわけだど、
今月は、少し行く学校は少ない。
…寂しい。


コミュニケーション教育を愛しているわけではないが、
事務で書類を作ってるよか、果てしなく楽しいのである。
そらそうか、コミュニケーションを築いてるんだからさ。


今日は、大阪であったのですが、
私はお留守番。
ZTONはお手伝いで行ってるのですが、
どーだったんでしょ。
そら、大変だろうけど。


平田オリザさんよぉ、
ここに劇団側モデルケースがあんぜ、
将来を約束してくれ。


今日言いたいことは以上だ。

やぁ、ごぶごぶ

みなさん、お久しゅう。

きっと、みなさんと言うほどみなさん見ていないのでありましょう。



河瀬は只今、全力でコネを作ることに勤しんでおります。
教育界とのコネ、政治のコネ、メディアのコネ。
コネコネしておるのです。


コネコネすると色々見えてきますね。
何よりお国様には、
庶民が夢見る以上のお金を総動員し、
無駄で空を覆い尽くそうとしている様に感じておるのです。


その予算をほんちょこっと演劇界に流し込む。
使い終わった風呂の水を洗濯に使う精神で。


…とまぁ、そんなことを考えて。
したくもない仕事にシコシコ精を出すわけです。



こう、働いているとやはり、将来の夢としては、
「ニート」もしくは、「仙人」でありましょうな。
前者の方が現実的だが。
まぁ、働くの嫌だわー。何が嫌って毎日同じ時間に起きて出勤だもの。
フレックスラブ。

現場とかで時間が変則の方が断然いいよ。
性格に合わないよ、事務所詰め。
忙しいときは、仕込みinデスク周りだし。地味。



つーわけで、
不平・不満を抱えつつも、
真面目で律儀な男は今日も働く。
がお送りしました。
公演情報
▼劇団ZTON
2015年
【脚本・演出】
劇団ZTON1967
『狂犬』
1月20日(火)
@インディペンデントシアター2nd

【脚本・演出】
劇団ZTON vol.11
『オルタソフィア
  -憂国の革命因子-
3月12日(木)〜14日(土)
@京都府立文化芸術会館

▼電子書籍
Amazon[kindle版]
「天狼ノ星」<天の章>¥472
「天狼ノ星」<地の章>¥472
「王の血脈」
¥472
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プロフィール

河瀬仁誌

Author:河瀬仁誌
京都・大阪を中心に活動する劇団ZTONの代表。脚本家・演出家・俳優。

演劇講師や演劇を使ったコミュニケーションワークショップも展開中。

メディアミックスの舞台興行をやりたい。
アニメ・ゲームも作りたい。
神山健治監督が好き。

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